幸せとは「イワン・デニーソヴィチの一日」である

こないだ実家に帰ったとき、父親と「幸せとはなんぞや?」という話になった。
私はメーテル・リンクの「青い鳥」を引き合いに出して、幸福はつかまえたそばから手をすりぬけていくものだと言った。
父は違う考えのようで、ソルジェニーツィンの小説「イワン・デニーソヴィチの一日」の話をした。
この小説は既読だったけれど、”幸せ”という視点では読まなかったので、父の話は意外だった。

で、もう一度読んでみた。
そしたら「ああ、これこそ幸せの定義そのものだ」と思えた。

300ページ弱の短い物語で、舞台はラーゲリというソビエト連邦の強制収容所。
服役囚イワン・デニーソヴィチ(シューホフと呼ばれている)の、ラーゲリでのたった一日の暮らしを描いている。
マイナス40℃の酷寒の中で、過酷な労働をさせられる囚人達の悲惨な物語だが、囚人達はいたって快活で、深刻な雰囲気は無い。

著者のソルジェニーツィンの実体験に基づいているから、生活の内容が真に迫っている。
私も過酷な肉体労働の経験があるので、共感できる部分も多かった。

朝5時に起きて、栄養価の低い粥の朝食を食べ、現場へ赴き、働き、昼飯を食べ、働き、宿舎へ戻り、晩飯を食べ、寝る。
その間、嫌な事件やラッキーな出来事がたくさん起こり、ヘトヘトになったイワン・デニーソヴィチがベッドに潜った所で、この小説が終わる。
最後の主人公の心理描写が胸をうつ。

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シューホフは、すっかり満ち足りた気持で眠りに落ちた。
きょう一日、彼はすごく幸運だった。
営巣へもぶちこまれなかった。
自分の班が《社生団》へもまわされなかった。
昼飯のときはうまく粥をごまかせた。
班長はパーセント計算をうまくやってくれた。
楽しくブロック積みができた。
鋸のかけらも身体検査で見つからなかった。
晩にはツェーザリに稼がせてもらった。
タバコも買えた。
どうやら、病気にもならずにすんだ。

一日が、すこしも憂うつなところのない、ほとんど幸せとさえいえる一日がすぎ去ったのだ。

こんな日が、彼の刑期のはじめから終りまでに、三千六百五十三日あった。
閏年のために、三日のおまけがついたのだ……
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今まで幸福について、色んな人間が色んなことを語ってきたが、上の文章は幸せの本質を言い表している。

私は複雑なことは、あえてシンプルに考えたい。
だから次のように定義する。

幸せとは、充足感を感じる一瞬のことである。

一瞬なので、次の日には幸せの感覚は消えているかもしれない。
でもそれでいい。
望むと望まざるとに関わらず、次の日はやってくるので、またやるべきことを片っ端から片付けていくだけのこと。
そうやってる内にまた、ふと充足感を得る瞬間がやってくる。
この連続で、年をとり、死んでいく。
これぞ幸せな人生。

いったい世の中が複雑になるほど、このくらいシンプルに考えた方が気が楽だと思う。

いかにも労働者の人生哲学だけど、いかがだろうか。
共感してくれる人もいるかもしれない。

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