シャーロック・ホームズの遺言 実況プレイ Part12

子供にも容赦ないホームズの鬼畜が炸裂w



ウッドビル王子と、切り裂きジャック事件でお世話に(笑)なったビッグ・ダニーも登場します。

後半は推理ボード回です。
事件の真相に、ほんの少しだけ近づいた感じ?



ボーア戦争について説明します。

17世紀に、オランダ人が南アフリカに入植して、自分達の国を作りました。
トランスヴァール共和国,オレンジ自由国, ナタール共和国, ケープ植民地です。
このオランダ人達の子孫を「ボーア人」と呼びます。

んで、19世紀後半にトランスヴァール共和国で金鉱が、オレンジ自由国でダイヤモンド鉱山が発見され、大量のイギリス人技師がやってきます。
大英帝国は彼らの保護を口実に、両国を併合しようとしました。
そうして勃発したのがボーア戦争です。
完全なるイギリスの侵略戦争ですな。

boer_war_map
19世紀後半の南アフリカ地図。英植民地に囲まれたオランダ植民地

第一次ボーア戦争は1880年で、これはイギリスの惨敗。

第二次ボーア戦争は1899年~1902年で、泥沼のゲリラ戦の末、イギリスがギリギリ勝ちました。
これで南アフリカはイギリスのものとなるんですが、戦争のせいで国力が疲弊しきったため、ロシアを抑えるために日英同盟を組まざるを得ませんでした。
これが日露戦争での日本の勝利につながったりします。

まあそれは置いといて、このゲームは1898年の出来事なので、カーツが従軍してたのは1880年の第一次ボーア戦争でしょう。
不正義の戦争として、英国内でも世論が真っ二つにわかれてました。
ホームズの作者であるコナン・ドイルは賛成派です。
それどころか、医者としてボーア戦争に行ってます。
(本人は軍医として従軍を希望したんですが、年齢を理由に断られ、民間医療チームとして行きました)

熱烈な愛国主義者であるドイルは帰国後、ボーア戦争を擁護するために、小冊子『南アフリカ戦争─その原因と経過』を執筆しました。
内容は、戦地でのイギリス軍の残虐行為はマスコミのデッチ上げだという主張です…

この貢献が認められて、下級勲爵士(Knight Bachelor)の称号を賜りました。
ナイトに叙任された男性は"サー"の敬称を付けて呼ばれます。

私はてっきり、ドイルがサーに叙せられたのはシャーロック・ホームズを生み出した功績のおかげだと思ってたんですが、そうではなく、ボーア戦争を擁護する活動のためだったんですね!

余談ですが、今回の実況動画パートで、子供が「カーツがズールー族と戦った」と言っていたのは、元々南アフリカに住んでいたズールー族をボーア人が強制的に徴兵して、イギリスと戦わせたということでしょう。

boer_fights
戦いに備えるボーア人達。バリ渋!



ちなみに「ボーイスカウト」の起源はボーア戦争にあります。
ボーア戦争の英雄ロバート・ベーデン=パウエル卿は帰国後、ロンドンの子供があまりに軟弱なのを嘆きます。
「玉無しどもの性根を叩き直さねば!」ということで創立したのがボーイ・スカウトですw

ボーイ・スカウトを日本語に訳すと少年(ボーイ)の斥候(スカウト、偵察兵のこと)です。
ボーア戦争では少年兵も斥候をしていました。
なぜなら子供なので、捕まってもまさか斥候とは思われず、解放してもらえることが多かったので…
さすが大英帝国、やることが鬼畜だw

baden_powell
意外と優男風なパウエル卿

コメントの投稿

非公開コメント

ボーア戦争

映画『The Power Of One』の中にボーア戦争に関する記述があり、興味を持ちました。

>私はてっきり、ドイルがサーに叙せられたのはシャーロック・ホームズを生み出した功績のおかげだと思ってたんですが、そうではなく、ボーア戦争を擁護する活動のためだったんですね!

こんな背景があったのですね。イギリスの歴史を知る上では欠かすことにない戦争のようです。勉強になりました。

Re: ボーア戦争

> 映画『The Power Of One』の中にボーア戦争に関する記述があり、興味を持ちました。

ちょっとググってみたら、面白そうな映画ですね!
教えてくれてありがとうございます♪
FC2カウンター
プロフィール

Author:ろへい
ニコニコ動画でPCゲーム、
主に海外のアドベンチャーゲームを実況プレイしてます。
ゲームも映画も小説も、実在感の感じられる重厚な作品が好きです。

ニコ動のユーザーページ:http://www.nicovideo.jp/user/7605419

ゲーム実況マイリスト

ニコ動コミュニティ

カテゴリ
最新記事
最新コメント
スポンサードリンク
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる