Papo & Yo 実況 Part03

ちょっと憎めないかも…と思っていた矢先に怪物が豹変するシーンは恐ろしい



これでひとつ、ルールが明らかになりました。
「怪物には、蛙を与えてはいけない」

そして、青いココナッツを食べることで暴走が治まる模様。
なお、怪物に殴られてもゲームオーバーにはなりません。
「殺人という行為」というドキュメンタリー映画が衝撃的だった。
語りたいことが沢山あるので、ここで吐き出させてもらう。

1960年代にインドネシアで起きた、100万人規模の大虐殺を取材したもの。
事の発端は、スカルノ大統領(奥さんはあのデヴィ夫人)が中国などの共産圏の国々と組んで、アジア共同体のようなものを作ろうとした。
それが気にくわないアメリカはインドネシアの軍部を支持し、勢いづいた軍はクーデターを起こす。
アメリカや日本の援助を得て完全に政権を掌握した軍は、国内の敵対勢力や知的階級、中国人などに"アカ"のレッテルを貼り、ホロコーストを始める。
この大虐殺の実行部隊を務めたのが、映画館のダフ屋などで日銭を稼いでいた地元のチンピラだった。

監督はアメリカ人で、虐殺のドキュメンタリーを撮るために被害者を取材していたら軍の妨害に遭い、企画が頓挫しかける。
だが、被害者の強い勧めと監督の機転によって、逆に"加害者"を取材するという発想の転換をはかった。

監督は虐殺を行った人達に「あなたの殺人をカメラの前で再現して下さい」と言う。
驚くことに、このオファーに対して虐殺者達は非常に協力的で、嬉々として演じるのだ。

本作の主要登場人物であるアンワー・コンゴは殺人部隊のリーダーで、1000人は殺害したらしい。
見掛けは平和な現在のインドネシアで英雄視され、2人の孫と共に幸せな余生を送っている。
殺害方法について嬉しそうに語る以外は普通の好々爺だ。

テレビ番組に出演し、「殺された人達の遺族に復讐されたらどうします?」と聞かれ、「みんな根絶やしにしてやったさ!」と答えて拍手喝采を受けるシーンでは、彼よりもインドネシアという国の深い闇を見た。
これがどれだけ異常なことなのかは、ドイツのテレビ番組で元ナチス将校がユダヤ人虐殺の所行を自慢することを想像して欲しい。
インドネシアは加害者が勝った国なのだ。

それを裏付けるように、軍の下部組織「パンチャシラ青年団」の幹部が小売商店を営む中国人達から多額の金を巻き上げている印象的な場面があった。
つまり、1960年代に起こった虐殺の被害者と加害者の構図が、現代もまだ続いているわけだ。
華僑の店主の怯えた顔が忘れられない。

主要キャストのアンワー・コンゴは殺人を演じ続け、最後に被害者の側を演じるにあたって、ついに耐えられないと言って中断してしまう。
長年、眠っていた良心の呵責がついに戻ってきたようだ。
圧巻は、ラスト近くで彼が多くの人を殺した陰鬱な中庭のような場所での一幕。
殺人についてあれこれ語っていたコンゴはついに良心が目覚め、嘔吐してしまう。
この嘔吐が激しすぎて、見てるこちらは握った手に脂汗をかくほど。

ところが彼以外の虐殺者は、完全に良心の呵責など感じていないように見える。
例えばコンゴの手下だった太った男は「あまり考えすぎるな」とケロッとしているし、やはり今は出世している虐殺者の一人は、実に見事な理論武装をして、完全に開き直っている。

ネットの感想を読むと、虐殺者に対する嫌悪感を露わにした意見が多いが、私の考えは少し違う。
虐殺を実行した人間達は皆、普通のチンピラである。
日本の不良と、精神面で何ら変わりない。
日本とインドネシアとの違いは、国が殺人行為というシステムを公認したか否か、という点である。
日本政府が殺人を命じたとしたら、やはり一定数の日本人が殺人者となるに違いない。
良心の呵責を感じるかどうかは本人の資質に寄るところが大きいが、拒否したら自分が殺されるのだから、断ることはできない。

だからこれはアンワー・コンゴという殺人者の心の闇を描いた映画ではなく、インドネシアという殺人を奨励した国の暗部を描いた映画だ。
その証拠に、スタッフロールでは現地スタッフの殆どが"匿名"となっていた。

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